ゲームは、なぜつまらなくなったか

最近はゲーム自体やっていないので、微妙ですが大枠の話として捉えてください。

懐古ではなく、昔のゲームと今のゲームの比較

昔のゲームはよかったと、ファミコンスーパーファミコンの世代の人はいう。それに対して、PS、SS以降しか知らない人たちは、懐古しているからだと言う。そうなのだろうか。過去の思い出として美化してしまっただけなのだろうか。ゲーム自体に飽きてしまっただけなのだろうか。でも今、昔のゲームをやっても十分面白い。なんで?

「リアリティの追求=面白い」という呪い

「リアリティの追求=面白い」という呪いがこの元凶なのだと考える。最初のころのスペックの小さい、ゲーム機では自然とリアルのそのままの落とし込みなんて無理だった。だから、自然とモデル化を行い、ゲームとしてのゲームになった。例えば、昔はマス目のあるシミュレーションが普通だったし、時間もリアルタイムではなく、ターン性などを取るのが普通だった。その理由は、それだけのスペックが無かったからだ。

しかし、それが出来るようになると勘違いしてしまう。256がリミットのステータスから、数万までのステータスの変化。色々なパラメータの追加。スキルの追加。マス目より、シームレスな座標系。ターン制より、リアルタイム制。技術的には上だ。しかし、それらは作られると面白くない。なぜか、ちっとも面白くない。アイテムの数が増えすぎて、価値がなくなる。ステータスの数も増えすぎて、意味が無くなる。リアルタイムで進んだからといって、何も面白くない。マス目がなくなったからといって、面白くない。

なぜこうなったのか。技術の進歩が逆に、面白さとトレードオフになってしまっている現状がある。そして、それを分かっていない開発者の如何に多いことか。これはどんな世界でも言える。「技術」を使っただけでは、「人」のために逆効果になったりする。それを分かっていない。技術は、見せびらかすためにあるのではなく、人のためにある。

何のためにというのを忘れた技術は、意味が無い。技術のための技術は、誰も欲しがらない。

ステータスの桁の増加

例えば、あんなに膨れ上がったステータスは、頭の中では上の1桁+桁の数として認識される。あれ?情報量が増えたようで減っていませんか?ステータスの「1」の価値がなくなる。相対的なステータスでしかなくなり、よりあいまいになってしまう。細かくなった数字は、感覚として捕らえきれなくなった時点で、価値を失う。ファミコン時代の30までのステータスとかの方が、分かりやすかった。そう、数が馬鹿みたいに増えたのは進化ではなく退化。技術者は安易に技術に溺れてしまった。

マス目、ターン、レベルの喪失

マス目を失って、シームレスに動けるシミュレーションが増えている。でも、それって面白い?僕は逆だと思う。つまらない。

それはなぜだろうか、何のためにモデル化したのかというのを忘れているからだ。昔は必要だから、モデル化せざるを得なかった。だから、勘違いしてしまった。何のためにモデル化するのか。それはより理解を、簡単にするためだ。例えば将棋、アレをリアルタイムにして、マス目をなくして、シームレスに動くようにすると面白いのか?いや、違うと思う。

将棋の面白さは、先の読み合いだ。先が読めなくなるような要素を出来るだけ排除したのがあの形だ。だから、あのマス目の中に時空間的な戦いを想像できる。確実であるから、戦法も色々作れる。リアルタイムかつ、マス目なしにすると、何でも出来るから、何も出来なくなる。先が読めないから、行きあたらりばったりでしか、操作できなくなる。反応的に唯攻撃ボタンを押すしか出来なくなる。

レベル上げもつまらなくなった。そう、これは確かにつまらなくなったのだ。昔は、レベルが変わると明確にレスポンスが帰ってきた。それが数字としても、敵に対するダメージとしても。今はステータスなんて誰も見ない。レベルは、上がったなという程度だ。スキル制になり、パラメーターを自由にいじれるようになれば、さらにつまらなくなる。もう誰もレベル上げなんてしない。

今のゲームは想像の余地を失った。それは、物語にしても、CGにしても、戦術にしても、何もかも埋められてしまった。ご親切にも、いらないことに。想像することが、想像出来る事が一番面白かったのに。それを奪われた。だから、つまらない。

失うことの無いことは、価値自体を亡くしてしまう

親切なゲームが増えた。親切すぎるゲームが増えた。不必要な親切さは、その獲得する対価の価値を下げてしまう。捨てる必要の無いゲームが増えた。セーブの数の制限、アイテム数の制限、全部技術的に無くなった。そしたら、一緒に価値も無くなった。装備をはずしたら、もう使うことのないアイテムの以下に多いことか。アイテムの数を増やすことが、価値の創造になりましたか?いえ、価値の喪失になりました。

アイテムを得ることに何の意味もなくなり、一度得れば失うことは無く、価値が無い。何でそんなことにも気がつかないんだろう。どんな強いアイテムでも最初の5分で飽きる。当たり前になるから。死んでも何もペナルティの無いゲームもある。それは、生きる価値があるのか?いや、特に無い。

時間を使うオンラインゲーム

時間でしか、運でしか、お金でしか差別化できないようなオンラインゲームがたくさんある。いや、やったことないけどね。如何に、そのゲームを長い時間させられるのは苦痛だ。手に入れて人間関係、アイテム、レベルを人質にされて、苦痛を感じながらゲームをするのがいやだ。

あれもまた、ゲーム製作、運営会社本位の仕様だ。そこにはユーザーはいない。誰も求めていない使用を、あっちの都合で載せる。だから、面白くない。時間を潰したいんじゃない。有意義な時間を過ごしたいんだ。お金を落としたいんじゃない、満足の対価として払いたいんだ。だから、面白くない。

というわけで結果

面白くない理由は、分かった。それではどうすれば面白くなるんだという話ですが・・・。形は見えてるけど、今ここで言ってもなぁと。ちょっと出し惜しみ。資金と技術が溜まれば自分でつくりたいなぁ。別にゲーム専業の会社を作るつもりはないですが。