コアVer2.0α

ノミはどうして、あんなに跳ねる事が出来るのか?

ノミは、人間と同じ比率に直すと、東京タワーをジャンプで超えることが出来る。また、カブトムシは自重の何十倍の重さの錘を持ち上げる事が出来る。これはなぜだろうか?

答えは、人間とはサイズが違うからだ。そして、この空間が3次元だからだ。三次元空間で大きさ(長さ)を2倍にすると、体積は2の三乗倍、つまり8倍になる。しかし、表面積は2乗にしか増えない。そのため、サイズが大きく違う事で、モノの特性を支配する特性が変わってしまう。人間サイズでは、質量のほうが圧倒的に表面よりも、大きく作用する。しかし、虫サイズでは、質量というものが無視できるほどに、小さくそれよりも表面の特性に強く支配される。

人間と虫では、同じ世界を生きているようで、全然物理的特性が異なる空間を生きているのだ。

オブジェクトとネットワークは同じもの

1つのモノとして働く、オブジェクトと、ノードとしてネットワークを形成する形態。この二つは以前の思考の形態では、別の形と区別する必要があった。それは、前提条件に例外をさしはさむという、イレギュラーな存在を認めていたという事になる。

正しいという方向はシンプルに美しいものだ。例外が多いということは、美しくない。今回のブレイクスルーで一番大きな収穫は、全てのネットワーク型とオブジェクト型のレイヤーを同じものと見なし、統合できた事だ。

まず、この世界を記述するための最低限の要素を取り出そう。以前のコア理論Ver1では、ひとつの個であり、環境であり、自分と他を区別できる存在であり、自己存在を望む存在をコアと呼んだ。まぁ、これはそういう呼び方が有るわけではなく、自分がそういうように呼んだというだけだ。

今回は有るレイヤーにおける、コアの要素を新しく2つとレイヤーの要素を1つ、新しく定義することで、全てのレイヤーを記述する事が可能になるという理論だ。

新しく、コアを表面の特性と内部の特性に分ける。それは先ほどの虫と人間の例と同じ、表面積と質量という事になる。あらゆるレイヤーを記述するために、色々な呼び方が存在する。それをまとめてみよう。

表面:シェル{表面、UI、自己と他の境界、感覚、人間関係、ファッションなど個の表面上の特性}

中身:ゴースト{内部、kernel、自身、思考、精神、心理など個の内部の特性}

つまり、全ての個、コアの特性は表面と内部の要素だけで現すことが出来るということだ。しかし、ものすごく違う形態をとるというのは知っている通りだ。なぜこんなに違う形態をとるのだろうか?ネットワーク型とオブジェクト型の世界は全く違う世界の法則が働いているように見えるだろう。

レイヤーの次元数

それを解決するのが、レイヤーの次元数だ。例えば、2次元空間と3次元空間にある同じ半径の粒子に、接する事の出来る粒子数は、3次元の方が多い。隣接できる粒子の数によって、つまり表面積と質量の比によって、世界は違う形態をとる。

例えば、ネットワーク型のインターネットは、空間的な次元数は無限である(つまり制限無し)。なので、質量に比べ、表面積が圧倒的に広くなり、接する粒子が多くなるのでネットワーク型の形態の世界を形成するようになる。

例えば、人間の内向型人間と外交型人間は、根を張るレイヤーが違う。外交方人間は人間関係が多く(つまり表面積が大きい)ため、ネットワーク型の形態をとるが、内向型人間は外部の表面は狭い。その代わりに、内部のネットワークが広がっている(精神も無限次元であるため)。そのため、内向型人間はオブジェクト型の形態をとる事が多い。

例えば、マーケティングとは、いかに手持ちの表面を他の個にぶつけ内部形態を変えるかという手法だし、ユーザーインターフェイスは、表面と内部の整合性を取りつつ人間の内部とコンピュータの内部の意思疎通をいかにするかということだ。土地を管理するということは、いかに手持ちの表面積をうまく使うかという事だし、ホスティングは、表面の貸し出しという事だし、新しいWebサービスは、新しい粒子の内部と表面を作ったということだ。

全ては、コアの表面と内部、そしてレイヤーの次元で説明がつく。そうすると、今まで別のものとして考えていた事が、全て同じことを示している事が理解できるようになる。例外は無くなり、全ての思考がひとつのメタレイヤーを通じて、お互いに通信が出来るようになる。

そうすると、メタレイヤーを通じて、新たな思考生態系を作り出すようになる。例えるならば、有る日別空間が開いて、そこと行き来できるようになったという事である。全ての思考、情報がひとつのメタレイヤーに並び、今までに無かった化学変化を起こすようになる。それこそが思考のバージョンアップによる創造力の向上である。

効果と実感

実感する範囲内だと、上に書いた効果というものは、少なく見積もった場合でしかない。おそらく、もっと効果は有るはずだ。この思考形態で1年過ごせば、おそらく通常のベタ思考で生きた場合の5倍以上の効率を上げるはずだ。私は、昔の思考形態のときと、今の思考の濃さのギャップをものすごく感じている。この1年で創造した情報は、今まで2十数年生きてきた中で作り出したものよりも、全然大きいのだ。

そういう意味で、この理論は、思考の創造力に最適化したメタ思考、視点、哲学で有ると言える。「なぜ」という視点ではなく、ひたすらにどうすれば統一的な視点を持てるかということに絞ったものだ。今の現状では、勉学というものがジャンルで細かく分かれすぎていると思う。

例えば、この理論のようなメタ思考を使う事で、全ては同じことであることを理解できるはずなのに、そういうことがメジャーではない事に驚くのである。おそらく、自分が最初の発見者では無いはずなのだ。絶対にマイナーな人が見つけているはずなのだ。なのにその事が、メジャーでないということはなんなんだろう?おかしいと思う。

次のバージョンは何だろう?

まだ、新しいバージョンをリリースしたばかりではあるが、次の拡張は何だろう?
時間だろうか。それとも、空間だろうか。来年辺りに思いつくのだろうか。楽しみだ。

あと、やはり語るための前提条件が多すぎて、理解できない場合も多いと思う。まぁ、大体前のヴァージョンの消したしなぁ。ということで、適当に詰めていきます。