殻を失うということ

卒業して寂しいと思う事

私は昨日あるサークルを卒業した。4年間で途中、ベンチャーを始める為に出てきたところだった。非常に居心地が良い場所だった。一度すでに、心理的に離れた身とはいえ、離れるのは非常に痛かった。

なぜ、痛いのか?なぜわが身のような喪失を感じるのか。悲しいと思うのはなぜなのか?その答えは、自己の一部を失ったからだと思った。

リチャード・ドーキンスの「利己的な遺伝子」で、なぜ大人が子供を守るのか?他人を救うために自分を犠牲とするのか?ということを答えていたような気がするが、非常にスマートではなかった。9割程度しか説明できていない上に、遺伝子と思考の相関性があるかどうかは予測でしかなかったような気がする*1

人は、他の人の痛みを自分のものとして感じる共感機構が存在する。そのために、自分と他人を混同してしまったのだろうか?私が真に私だけならば、痛みなど感じないはずではないだろうか?

私は少し考え、今の「私」という概念を広げる事で、スマートに理解することが出来るようになった。

殻の導入

それで、そのときに考えた新しい導入概念。

殻(読み「カク、から」:英語「shell」):帯域の断絶面

まぁ、これも自分がそう決めただけで、一般的ではないんですけど、非常に世界を記述しやすくなるので、導入しました。コアのシェルと同じですが、それをさらに拡張した概念です。

そもそも、人間の私というのは、世界の特異点、例外ではないということ。人間という、視点で見続けるから、人間という単位が特別だと勘違いしてしまう。人間の私は、細胞の集合であるという事を忘れがちである。しかし、細胞ひとつひとつに私が私である論拠を求めても絶対に発見できない。私は、細胞群の集まりの社会活動の結果として観測されるからだ。だから、今の普通の人の視点は「人」というものに例外的なパッチを当てて見ているために、真の意味で人を理解できないと思われる。

そして、既存の学問はほとんどが基本レイヤーと基本単位(原子、人、事象)を決めてしまっているために、今の学問は縦のレイヤーにまたがったものがほとんど存在しない。一番近いのが逆に哲学や宗教だったりする。それでも原子分子レベルから、人、感情、果ては星間、宇宙までの統一的な視点は見た事が無い*2。ただ有るというだけでなく、そこから何らかの意味を拾えるような視点、考えを見た事が無い。

だから、自分の考えと同じようなメタレイヤーでの統一視点が無いものかと思うのだが、誰か知らないでしょうか?

私というものの拡張

とりあえず、私の拡張をする。私というのは、私という認識により、殻を作っている。それが私というものだ。そして今の一般的な私は、物理的な体を持ったレイヤー(つまり体)での視点だ。つまり1人で私である。これは正しいのだろうか?そして、最適な記述方法なのだろうか?

私は、「私の側」であること「所属」することを私の殻としてみることが出来る事に気がついた。つまり、私は、1人の意味の私と、家族での私と、会社に属している私と、国に属している私と、地球という生体系に属している*3のだが、今回私はサークルに属しているという殻を失ったのだ。殻は安定した殻であれば、持てば持つほど安定する事が出来る。

原子で、電子が閉殻することで、安定したがるように、私は家族殻、会社殻、人殻、友人殻、文化殻、人間殻など安定した殻を持つ事で安定したいのだ。私は、原子と同じで、安定したいのだ。殻に囲まれていきたいのだ。それを感情的、文化的、心理的に幸福と言う。

中には、感情の高ぶる方向を幸せと感じる人も要るだろうが、あっちはあっちで別のものだろう。あっちは刹那であり、感情の最大振幅である。幸福というより、快楽である。まぁ、幸福はほどほどに快楽を含んではいるが、それは安定の前提である。人によって割合が違うのは否定しないが。

殻の有る世界

殻を定義することで、主に心理的なことが素晴らしく見通しがつくようになる。

例えば、日本人は外国人に比べて、私という殻が薄いから、他の殻を獲得しようと必死だ。なぜ、日本人があれだけ学歴を重視し、会社の名前を重視するか、結婚を当たり前のものとし、家を大切にするのか。理由は、日本人の人殻が薄いからだ。儒教がはやったのは組織殻をうまく作るためだ。

逆にどうして外国人が、あれだけ、主張し、個人と個人の関係をとくキリスト教がはやり、集団をそれほど大切としないのか。人殻が厚いからだ。

アメリカ人の人殻は、日本人では組織の殻と近いのだろう。日本で何をするのか決めるというのは集団が多いというのは、そのためで有ると思われる。

祭りの一体感は、一時的な殻を形成しているためと思われる。また殻の内側の文法として空気が用いられているのだろう。

ほとんどの説明を簡単にする事が出来る。おそらく正しい。

また、殻を拡張する事は、安定に繋がる。家族殻を手に入れれば、安定するし、組織殻を手に入れれば、さらに安定する。その勢いで、世界殻(私は世界(に属している)である)を手に入れれば、安定しまくるのだろう。人格的に優れた人は、かなり拡張しているように思える。例えば、人類愛というのは、人類殻を手に入れたという事だろう。

次は?

だいぶ説明ばかりしたような気がする。でも、これでだいぶ心的な動きを説明しやすくなった。そして、応用すれば錬金術に近い事もできるんだろうなぁ。もちろん比喩ですが。

*1:ちょっと昔に読んだので微妙

*2:仏教は全て無という事で有る意味統一だが・・・

*3:この宇宙とか、3次元空間とか、時間流とかにはあまりそう考えられない