創造する観測認識/エフィカシーオーバーライドの魔眼

仕事場が移動して、通勤時間が片道2時間20分になった。しきりに回りに引っ越すように薦められるようになった。確かに、限界に近いよね。3時間くらいしか寝てないし。

言いたいことはタイトルで言ったからいいか。

現実世界と妄想世界は、同じものであるというのが前回までに言ったような気がする。次は、妄想世界の書き換えと同じ方法で、現実世界を書き換える。それは音楽と同じように、それは物語と同じように、それは人間と同じように世界を書き換えを行う。ただし、現実は認識のネットワークであるために、自分のメモリ領域だけの変更では、その変更は却下されてしまう。

だから、他人の認識領域に自分の認識領域を上書きする必要がある。そのためには、それを強く信じてそうであるかのように振舞うことが必要となる。そうすることで、それは認識ネットワークを伝播し、現実を上書きすることができる。

というわけで、タイトルどおりになるわけです。

エフィカシーオーバーライドの魔眼

エフィカシーというのは、効力感のこと。自分が何者であるかという根拠となる自己の信頼性。これが低いと、何かにぶつかったときにすぐに曲げてしまう。

オーバーライドは上書き。

魔眼は観測することで発動する何らかの仕組みを中二っぽく表現してみました。

この魔眼は、かなり最強です。周りの人と自分が最上の状態で観測できるので、自分の振る舞いがそうなります。そうすると、そのずれを周りの人が受け取って、無意識の疑問を持つようになります。そして、どちらかの選択をするわけですが、この認識強度というのは、エフィカシーに依存するので、自らを最上としてみるこの魔眼持ちは、おのずと影響力が強くなるわけです。

そうすると、自分がよくなる、周りをよく見る、周りがよくなる、周りがよく見るという風にどんどん伝播していくわけです。こうすることで、見る見方によりますが、その方向に加速的に進むようになります。人間は殴れば動くというものではないのですよ、まったく。