やらなくちゃいけないことなんて、どこにも無い2

これはどんな羞恥プレイ?

昨日の日記Everything is goneさんに紹介していただいたようで、ありがたいことです。いろいろな人に見ていただいているようなんですけど…
そんなつもりは全然なかったので、正直恥ずかしいです。まぁ、公開しているから別にいいんですけど。

さて、昨日は話があらぬ方向に向かってしまって、書きたいことを書くことができなかった。でも、まぁ、勢いがあっていいかと思って日記にして出したわけです。今日はうまくいくといいな。

「やりたいこと」と「やりたくないこと」

人間には欲求がある。そして、その欲求によって「やりたいこと」と「やりたくないこと」が決定される。ただ、人は弱いものでつい勘違いしてしまう。外部の人間の欲求を吸い取ってそれを「やらなくちゃいけないこと」と勘違いしてしまう。やらなくちゃいけないこととは、周りはそれをしてほしいが本人はしたくないことだ。

その「やらなくちゃいけないこと」が、その人の心理的な圧力となっている。そして、それが長く続いてしまうと、「やりたいこと」と「やりたくないこと」がわからなくなってしまう。自分の心を誤魔化しすぎたためだ。

自分に対する嘘

前に「言い訳は自分に対する嘘だ」と言ったが、「やらなくちゃいけない」も自分に対する嘘だ。「やらなくちゃいけない」とは自分の実行権限を、自分の都合良く他人に移譲してしまう。言い換えれば、「自分がやりたいんじゃない、でも周りの圧力でやれと脅されるから、仕方なくやる」ということになる。これは、自分の指揮系統に混乱を招くのに十分だ。

自分は、自分がやりたいことをするのに、やりたくないこともやるとなっていては、何が何だかわからなくなる。こんなことをずっと続けていけば、「自分にやりたいことがない」という言葉に代表されるような無気力な人間が出来上がる。何がやりたいのか、何がやりたくないのか分からなくなってしまうのだ。

そして、それを見ていると昨日のように「自分自身のことを信頼しろ!!!」と叫びたくなる訳だ。「あなたが自分自身を信頼していないこと」以上に「私があなたを信頼していること」を伝えたくなる訳だ。本当に、あなたは幸せになる権利も力も何もかもそろえていて、あなたの考えている以上にあなたはすごいと言いたくなってしまう。

そして、そのような人には自分を馬鹿にするようなことを言うなと、自分の自尊心をいたずらに傷つけるなと言いたい。あなたの考えている以上に、あなたの言葉にあなたは傷ついている。それすらも感じられなくなっては重傷だ。

やらなくちゃいけないことなんて、どこにもない!!

すべては、「やりたいこと」と「やりたくないこと」である。勘違いしてはいけない、「あまり気の進まない、でもやる必要のあること」はやりたいのだ。やりたいからこそやる。ただそれだけだ。そして、やりたくないことはやらない。

非常にシンプルな話だ。それが、コンプレックスやら、いろいろ歪んでしまうと何がなんだか分からなくなってしまう。でも、本当は簡単だ。ただ、それだけ。