認識構造体と物理的特性

ちょっと目標と違う方向に進んだけどこれはこれでありだな。

認識構造体

前回のエントリーで個人の認識構造体が矛盾を抱えるとそれを回避するために、自己と現実の間の境界に歪みを移す事で回避するという事を書いた。それの更なる拡張版。

人間の認識構造体は、認識とコミュニケーションを通して相互作用をしている。一人で暮らしていればそこに矛盾など生じる事が無いが、社会的に生きているために認識構造体は繋がりあっている。この構造体の物理的特性は、どちらかといえば固体さらに言えば金属に近いものがある。昔はネットワーク型だと思っていたが違うようだ。なぜならば私たちはせいぜい知り合いと言っても1000人程度だろう。さらに良くあってコミュニケーションをとるとなれば、数十人程度だろう。その人たちと認識を共有する事によって、認識構造体が繋がると考えてもらえばわかりやすいかもしれない。

これはつまり認識論による現実の再解釈となる。大きな構造で視ると、現在は全世界の認識構造体が繋がっていると言っても過言ではないだろう。現実が、私による解釈である以上、再解釈によって観測世界を変えるのも自由である。また、現在でこの考え方をするのは、社会心理学または、超心理学(こいつは賛否両論だろうが)くらいだろう。

認識構造体の特徴

取りあえず、無理な力がかからずに、できるだけ丈夫な構造体を作ることにしよう。どちらかと言えばこれは工学の材料と応力の分野。この分野で必要なのは、なるべく低コストで丈夫な構造を作ることである。さて、単認識構造体の特徴を考えて見よう。

  • 認識構造体同士は、お互いに引力がある。

これは心理学的に群れたいということや、単に便利であるため、さらに寂しいや、生殖のためでもある。人間は群生で在るためだろう。

  • 認識構造体は近づきすぎると斥力を生じる

これは私という境界のためだ。境界例の例を引くまでも無く、社会的生活を営むためには必要な境界=シェル=殻である。最も仲の良い夫婦や恋人だと在る程度この境界自体を共有しているものと思われる。

    • 認識構造体と認識構造体群は均一でストレスが無い状態を好む。

熱を加えれば、それは伝達する。力をぶつければそれも伝達する。伝える事で吸収し、その歪みを取り除くこれは上の2つの状態をシミュレートしたものだ。

    • どうしても認識構造体が繋がらない&歪みが限界に達すると破断する

これも上位2つのものをシミュレートした結果だ。伝えきれない、構造体自体の硬さと堅さを超えて力が作用すればそれは壊れる。
人間関係が壊れたり、組織関係が壊れたり、巻き込まれたりすると人間自体が壊れる。

上の4つくらいで大体シミュレート可能だろう。まぁ工学で言えば材料工学のど真ん中の部分なのでそこを学んだ人にはわかり易いと思う。そう、関係ないが工学というのは「構造を作りたい」という学問だ。知ることを手段として構造を作りたいという学問だ。別に拡張してあらゆる分野に応用できるようにしておいても何の問題もないだろう。

個人の歪み=矛盾を外部に出力する事による、現実からのフィードバックの剥離は次の本にうまく書いてあった。とてもうまく書かれていたので、一読をお勧めしておく。どうも自分は単体を単体で紹介できないようだ。ここにきてようやく分野が地続きになって、メタ化したので紹介する気になった。

自分の小さな「箱」から脱出する方法

自分の小さな「箱」から脱出する方法

  • 作者: アービンジャーインスティチュート,金森重樹,冨永星
  • 出版社/メーカー: 大和書房
  • 発売日: 2006/10/19
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
  • 購入: 156人 クリック: 3,495回
  • この商品を含むブログ (418件) を見る

この本は、自己の認識の歪みを境界に吐き出してしまうことがいかに周りの人との認識構造体の間に楔を作り、結果としてうまくいかないか、そしてどうすればうまくいくのかが書かれていた。文章も面白く、非常に読みやすい。お勧めだ。

社会心理学+心理学+工学=認識構造体の構築

さて、さらに拡張して作ってみよう。人間の生きる方向は、認識構造体を作るという方向に向いている。これはあらゆる学問であろうと、あらゆる人生観であろうと同じだろう。死ぬというのなら、方向は逆を向いていそうだが。
価値とは認識構造体の構造だろう。ユングの無意識的集合体=認識構造体群と考えると非常にあらゆることがうまく理解できる。シンクロニティとは認識構造体群自体の何らかの変化に対する同時的反応だろう。例えば、温度がわずかだけ上がったとか、わずかだけ圧力が増えたとか。値域の違いによる、同時的反応の進みだろう。世の中は簡単に出来ているなぁ。

ああ、なるほど今まで精神とか意識とか呼んでいたものは、嘘だった。人間は脳細胞のネットワークによって認識が作られそこから、認識構造体が、さらに認識構造体群が上位レイヤーに存在するのだった。なるほど、認識自体に欺瞞があったのか。それは理解できないはずだ。

世の中はことごとく単純に出来ているものだと思う。さらに言えば、私というのは構造体の境界自体を自由に変えられるから、組織で「私」を使う事も出来るし、日本人だろうが全人類だろうが、宇宙全てだろうが「私」にする事が出来る。ただし、矛盾が許容値を超えない範囲で。インスピレーションというのは、突然くるように思えてそれは突然ではなく、事前に「ずれる」。それがくると、突然に全てが塗り換わってしまう。オセロで全てがひっくり返ったように。フラクタルだなぁ。