私は本に育てられた(上)

マウス オン カエル

最高のメディア「本」

私は本が好きだ。最高に好きだ。コンパクトに持ち歩けることも好きだし、新刊の買った時のにおいも好きだ。好きな作家の新しい本を読むときは、ドキドキするし、その世界に入り込んで、寝食を忘れてしまうくらい好きだ。昔は本屋で2時間くらいの立ち読みで読み切ったものだ。足が疲れるけど、それよりもその中の世界が魅力的だった。

たぶんというか、例にももれず、変わった読み方をしているのだろう。自分の読む分野は…なんだろう。特に決まっていない。小説も読むし、経済の本も読むし、SFも読むし、ノンフィクションも読む。何でも気になるものは読んでいる。まぁ、だから古典とかみんな読んでいるみたいな本は逆に読んでいない。だから、古典から引用しまくった、教養バリバリな話みたいなのはできないし、しばしばあれ読んだことないなということもある。

読書嫌いな人の勘違い

一月くらい前にそんなエントリーがはやった様な気がする。本が嫌いな人は、〜しなければならないに縛られすぎて、つまらないと感じてしまうとか。その通りだ、本の世界はそんなに狭いものではない。むしろ、webと同じようなものだ。webが嫌いな人ってたまに年配の方とかだといますよね。あれと同じ。なんで、そんな読まずに否定する必要があるんだろうって感じ。本はただのメディア。それには色がついていない。つけるのは中の情報。

webと比べて圧倒的に優れていることもいくつかある。まず、ハードウェアから。

画面が安定、安価な数百枚のディスプレイ、表示角度は180度近い。100年くらい簡単に持つし、電気もいらない。持ち運びは軽くて簡単。長文を凄く読みやすい。物理的にしおりや、メモ書きなど簡単にできる。

ちょっと考えただけで、これくらいある。webは長文が読みにくいんですよね。これが困ります。あと、目も疲れるし。それを補うような、動的表示とネットワークとの接続などがありますが。メディアとしては、本の方が好きですね。

ちょっと昔の話

昔話なんて柄にも無いことを少しだけ。

僕は、小学4年生。休み時間には学級文庫を読み漁る。物語がたくさん、今でも覚えてるのはフランケンシュタインとか、なんかホラーなものがいっぱいのっていた本とか、ああ「ルドルフといっぱいあってな」という本が好きだった。これは猫が書いた本、中の黒猫のルドルフが書きつづった本。その頃の自分は本気でそれを信じた。おやに言ったら笑われたが。

ああ、そう、世界はこんなにも広いというのを知ったのは本だった。別に本ばっかり読んでいた訳ではない。でも、本は自分の中に大きな場所をとって座っている。高校受験のとき、受験からの逃避として読んだ本。あの行為は逃避でしかなかったけど、本は確かに面白かった。そして、自分を変えてしまうだけのポテンシャルのある本を探した。

三浦綾子が好きだった。塩かり峠とか。結構古本屋に行って買った。当時は新品の文庫本が高く感じたものだった。だから、自転車でちょっと遠い古本屋に行って探した。おもしろそうな本、楽しそうな本。いろいろ見つけた。そう、僕は本に生き方を習った。本は僕の原点だ。

ああ、懐かしい。どんなメディアよりも完璧なメディアが本だった。テレビは自分のペースで見せてくれない。自分のおもしろいところを見せてくれない。想像の余地を奪ってしまう。なにより、情報量が圧倒的に足りない。つまらない。テレビは生産的ではなかった。たまにみる面白い番組だけで十分だった。人生を変えるようなテレビ番組に会ったことはない。その点で言えば映画の方がいいかもしれない。最近の娯楽映画はあまり好きではないが。

本の紹介でも…

ほんの紹介はなかなか、自分の核になる部分なので紹介をするのが恥ずかしい。でもちょっとだけ、出してみる。このブログを読んでくださっている方なら、問題ないのだろう。つい、こういう紹介だと、自分が見られても恥ずかしくない様なものばかり取り出しがちだ。まぁ仕方ないのだろうが。読んだ年齢も加えておこう。

ルドルフといっぱいあってな(児童書)小学4年

当時は本当かと思った。猫の手記としての物語。黒猫のルドルフが魚屋に追いかけられて、トラックに乗ってしまう。そして遠くの地へ。そこであった大きな猫がイッパイアッテナだ。名前を聞かれて、「(名前は)いっぱいあってな」と答えたことから、そう呼ぶようになる。2作目も出ていた。最近になって、3作目が出てびっくりした。よんでみたいが機会がない。懐かしい昔の思い出。当時のことを思い出す。そして、自分を本の世界に引き込んだのかもしれないと思う一作。

ルドルフとイッパイアッテナ

ルドルフとイッパイアッテナ

塩狩り峠 中学2年

当時、なにか抜けない自分にとって、ハンマーで殴られたように感じた1作。ああ、純粋によかった。自分の命と周りの幸せ、苦労が報われない、生き方としての死に方。思春期真っ盛りの自分は、自分が恥ずかしくなり、主人公のようになりたいと思わせるには十分だった。

塩狩峠 (新潮文庫)

塩狩峠 (新潮文庫)

アルジャーノンに花束を 高校2年

有名なSF(あまりSFと認知されていないだろうが)最後の頭の良さを失う様と、それとともに失った幸せをとりもどす様はなにか言い切れない切なさがある。SFというジャンルに触れたのも実は初めてだったような気がする。

アルジャーノンに花束を

アルジャーノンに花束を

7つの習慣 高校2年

これは、なんというか、ともすれば小賢しく生きたくなる自分に道筋を与えてくれた本。人格がすべて。テクニックなんて言うのは、中身が伴わなければ意味がない。win-winの考え方など非常に素晴らしい影響を与えられた。今でも読む。何冊か続冊も出ている。それも読んでいる。

7つの習慣-成功には原則があった!

7つの習慣-成功には原則があった!

シーラという子 高校2年

珍しくノンフィクション。シーラは変わっている9歳の女の子。とげとげしく、懐かない。そんな女の子との著者の心の交流。ノンフィクションだからこそできる、生々しさとシーラの不思議さに驚くばかり。続編も出ている。日本というきれいな世界しか知らなかった自分には、非常にショックだった。

シーラという子―虐待されたある少女の物語

シーラという子―虐待されたある少女の物語

聞き方の技術 浪人時代

話すということ、伝えるということをわかりやすく説明してくれる本。著者はカウンセラー。心理学が気になる年頃。ああ、いかに自分が間違った聞き方をしていたかということを気づかされた本。ぜひ一読をお勧めする。話し方と聞き方は全く別の技術だということを気がつかされた。

プロカウンセラーの聞く技術

プロカウンセラーの聞く技術

眠りながら成功する 浪人時代

これは、自分の世界観ががらりと変わった本。正直言えば、今の自分があるのはこの本のおかげといってもいいくらい。すべてが逆転した。読んだことのない人は是非一読をお勧めする。心理学と認識について、わかりやすく書いてある。ただ、ちょっと癖があるので、ベタ読みしかできない人にはお勧めしない。いや、そっちの方がいいのかもしれないが。「あなたはあなたが考えていることそのものなのです。」

マーフィー眠りながら成功する (上) (知的生きかた文庫)

マーフィー眠りながら成功する (上) (知的生きかた文庫)

マーフィー眠りながら成功する (下) (知的生きかた文庫)

マーフィー眠りながら成功する (下) (知的生きかた文庫)

ブレイクスルー思考 浪人時代

常に目的を意識することで、組織全体として行動をブレさせない。組織を運営すると本当にわかるが、みんな何のためにこの会議をしているかということを忘れ、つい政治的な取引の場として使ったり、足の引っ張りあいをしてしまう。いかにそういうようなことを無くし、真の目的を達成するか?という本。手段は問題ではなく、目的を達成すれば、いいと気づかさせてくれた本。自分のアイディアの礎となっている。

ブレイクスルー思考―ニュー・パラダイムを創造する7原則

ブレイクスルー思考―ニュー・パラダイムを創造する7原則

ここら辺でとりあえず…続くかな
昔を懐かしむのもいいですね。たまには。やさしい気持ちになります。